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寺報〔日乃出〕
 
平成11年1月(第9号)


【仏像拝見】・・・「文殊菩薩」


文殊菩薩は智慧の仏様です。
右手に剣を持ち、左手には経典を持って、なぜか獅子に乗っておられます。
右手の剣は善念・悪念を切る剣であり、左手の経典は善念・悪念にこだわって
苦しんではいけないぞと書いてある経典です。
ではなぜ獅子なのでしょう。
禅宗では「喝」という言葉を使います。これは獅子吼(ししく)と言い、振りかえって
くる善念・悪念を振り払い、素適な人生の筋道を作るために使います。
「かぁーっ」と一声吠えて蹴飛ばしてください。
それが本当の自分の智慧を出すコツなのです。

【早起き会】・・・「朝粥と禅の集い」

樹影やそよ風や滝の音や扇の風など、些細な涼味がひどく快く感じられる八月。
まだ夜も明けきらない、ある朝の一時。
シーンと静まり返った堂内に時折パーンと警策(きょうさく)を打つ音が響いては、
すぐ元の静けさに。昨年の夏も三日間で延べ百五十名を超える参加者でした。
台風の影響もあり、初日は厳しい状況下でのスタートとなりましたが、近隣は
もとより遠方よりの参加者も多く、座禅-法話-お粥と真剣な中にも楽しい顔・顔
・顔でした。この早起き会も、始めて十三年が経ちました。

当初は子供中心の会で子供に多少の大人が付いて来られる程でした。
しかし最近では9割以上が大人の方です。それに宝泉寺の檀家以外のご参加
も沢山いただいております。
今年の八月は、今の本堂に別れを告げる最後の早起き会。
皆様の大切な予定の1ページに今からぜひともお加えいただき、まずは参加
してみましょう。 (8月27日〜29日の3日間/朝5時)

観世音菩薩との出会い・・・「かんのん」の心に触れ、生かされて

散り敷いた落ち葉の上に、あるいは、人影もまばらな朝の公園の遊具に、
うすうすと初霜を見かけるとき、まぎれもない冬の訪れを知ります。
古都・鎌倉の静かな奥深い谷(やつ)。萱葺きの五軒四面の御堂は古寺に相応
しく、往古の盛況をしのぶことができます。
そんな板東三十三の第一札所鎌倉の「杉本寺」がスタートの、宝泉寺観音講の
霊場めぐり、時は平成元年秋でした。それから早十年、昨年の秋の札所めぐり
で百観音が満願成就いたしました。

「板東三十三観音」、「秩父三十三観音」、「信濃三十三観音」

毎年、春の新緑・秋の紅葉と、大自然の中をひたすら歩いた信仰の旅でした。
皆さん本当によく頑張りました。
札所の目の前に着いたバス。
あるいは、行けども行けども一本の細い山道。
落葉を踏み締めながら互いに励まし合い辿り着いた御堂。
思い起こせば、懐かしい懐かしい回想です。

車中から遠くアルプスの秋雪を遠望するとき、それは、紅葉黄葉の華やぎと
対照してまた格別美しい。それぞれの観世音菩薩との出会いがあり、触れ合
のあった十年間でした。

お釈迦様のお誕生をお祝いして・・・花祭りの一日

毎年四月八日は皆様がこぞってお祝いする、お釈迦様のお誕生日です。
宝泉寺では四月の第一日曜日に、きれいな花で飾った花御堂を中心にして、
御詠歌講がながれる中、お釈迦様の小さな誕生仏に甘茶をそそぎお祝いす
る式を行います。参列者の方々による灌仏(甘茶をそそぐ)がにぎやかに行
われ、初めての甘茶の味を堪能している人の姿も見られます。

続いてチャリティバザーが開催されます。お蔭様で沢山の方に毎年ご協力
願い感謝しております。バザーの品物はこのチャリティーの為にと、毎年
心掛けていただきなかなか素晴らしい作品が集まります。
また当日は盛り沢山の行事が行われますが、余興として、地区の皆様方に
よる演芸大会は、迫力もあり笑いもあり楽しいひとときです。
すばらしい桜満開の中、お酒を酌み交わし、食事をしながらの宴です。

■本堂建築の大事業スタート・・・平成十三年の完成に向けて

平成十年二月末日、且髏搏s市建築研究所との契約が成立し、基本設計
に入る。幾多の寺社建築を手掛けるこの設計事務所は、建築士十数名を
有す大手設計事務所にて、その中でも特に曹洞宗の寺院建築には多大の
功績を残している会社です。社長が飛騨高山の曹洞宗の寺の出身である
ことから、大きな期待を持って今回の設計を依頼しました。
同年八月末には、その設計を基にして施工業者轄]成金作建築との契約
がなりました。限られた予算の中での建築であり、設計および施工の各会社
にはかなりの無理をお願いし、今回の大事業がスタートしたわけです。

今年の十月には、数々の仏縁を結んできた本堂ともお別れです。
今後とも、変わらぬ信仰に支えられ、皆様方と共にさらなる歴史を刻んで行き
たいと存じます。そして、宝泉寺のご本尊を縁として結ばれている今日を大切
にしてまいりましょう。


森田先生の句歌

〔結願〕
あしかけ三年信濃巡礼 満願の遍路路あかあか柿の実の照る
笈摺の「南無観世音」背に映ゆし 使わずの杖つきにつつ行く
山のみち足裏にやさしことさらに 路傍あゆめば草の実すがる
結願のこころに沁み入る黄落の 信濃はひたすら冬を待ちいつ

森田竹陰(寿雄)作



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